かつてアメリカで「ジャガイモの皮むき器」を商品化したメーカーがあった。
たいへん使い勝手がよく、堅牢な商品であったので、よく売れた。
よく売れたが、はやり廃りがあるでなし、すぐに壊れるというものでもないし、一通りゆきわたったら、あまり売れなくなった。
一計を案じた社員がいて、この皮むき器のカラーリングを「茶色」にした。
そしたら、売り上げが一気に向上した。
ジャガイモの皮といっしょに棄てられてしまったからである。
こういうのはどこかが「間違っている」と私は思う。
自社製品がまだ使えるのにどんどん廃棄され、それで売り上げが伸びて、作り手はうれしいのだろうか。
あまりうれしくないだろうと思う。
著作権論者が言っていることは、この「ジャガイモ皮むき器」のセールスマンに似ている。
本の商品性を強調すれば、いつか「買わないけど、読む」という読者よりも「読まないけれど、買う」という購入者の方を優先するようになる。
本が商品なら、「お前の出した本は全部買ってやる。そのまま読まずに燃やしちゃうけど」という顧客にも「まいどおおきに」と頭を下げなければならないのがことの筋目である。
私は本は商品ではないと思っている。
私にとって用事があるのは私の書いたものを読む人であって、本は購入するが中身は読まないという人に、私の方からは特段の用事はない。
こう考えるのは間違っているのだろうか。
でも、私に同意してくれる「プロの書き手」は驚くほど少ない。
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2009-09-23 (via gkojay) (via gkojay) (via pipco) (via atm09td) (via ibi-s) (via syoty) (via toronei) (via katoyuu)
今日の帰り湘南新宿ライン乗ってたら、若い女の子が座席に座ったままウトウトしてたんだけど、
そうとう疲れてたみたいで、両隣の人に何度ももたれたり、膝の上の自分の荷物に顔突っ込んだりしてた。
その子の左隣にはリーマンぽい男が座ってて、その男は別に気にするでもなく、携帯ずっといじってた。
女の子とそのリーマンの間には手すり用の鉄のバーがあったんだけど、
さんざん寄りかかられてたそのリーマンがふと、すごくさりげなくそのバーを右手でつかんだんだよ。
オレは最初それが気になったわけじゃなかったんだけど、女の子が面白かったからなんとなくそれを眺めてて
あることに気づいた。
寝てる女の頭がそのバーを何度も掠めてたんだよな。
その男がつかんだ場所は、まさにその女の頭がバーに当たる位置だった。
実際その女の頭の振りが激しくなってくると、頭は何度も男の手に当たってた。
それでも男は嫌な顔ひとつしないで、ていうかなにも起きてないような顔で座ってた。
かっけーーー、と思ったが、その子の彼氏なのかも、と見てたら途中の横浜で男は一人で
降りていった。
そしてその男の後に座ったおばちゃんもそれに気づいてたんだろうな、
座ったとたんに同じところ握って女の子の頭守ってた。
ささいなことなんだけどなんていうか、優しさの連鎖?みたいなのを
間近で見て、すごくいい気分で帰ってきたよ。"
— ほんわか2ちゃんねる : 若い女の子が座席に座ったままウトウトしてた (via ag107)
(an-kから)
「いい人でいること」
「誰からも『いい人だ』と思われること」
を、人はつい、目指してしまいがちです。
他者に対しても、
「間違いをしない」「偏った意見を持たない」ことを
厳しく要求してしまうこともあります。
でも、本当はみんななにかしら、
とんがったところやワガママなところ、
狷介なところやシニカルなところなどを持っていて、
「完全にいい人」だなんて、
なかなか、ないことなのではないかと思います。
自分の中のとんがった部分や
自分でも認めたくないような激しさ、辛辣さなどは
誰でも、できる限り隠しておきたいものです。
でも、時にはそうした、
「いい人」というイメージにはとてもそぐわない激しい力が
望みを叶えるための原動力になったり
膠着状態を変えるための突破口になったりすることもあります。
乙女座の人は非常に感受性が鋭く、不正に敏感で、
自他の失敗や弱点を、あらゆる努力によって回避しようとします。
この力によって成し遂げたこともたくさんあると思います。
でも、この時期は、そうした「きれいに仕上げる」力よりも
乙女座の持っているもうひとつの力である、
どこかブラックなパワーが
もっと前に出てもいいのではないかという気がします。
偉大な芸術家が、ちょっと困ったクセを持っていたり、
大成功した人物が、周囲からその性格を怖れられていたりすることは
しばしばあることです。
自分の中のそうした、激しい力を認めたときに
見えてくるものがあるのではないかという気がします。
—
乙女座 2012/5/28-6/3
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Twitter / @grossherzigkeit (via katoyuu)
元同業の店舗開発やってた俺がマジレスするとその通りですよ >品揃えがその街の知的レベルを表す 知的レベルをっていうか、店舗の開店当初だけ本部在庫の本入れるけど、その後は店舗の商圏内から買って売ってで回すので、品揃えは自然にその地域独特のものになります。
(via burnworks)
これってブックオフだけじゃなくてセコハン系全般に言えることなのかと。ハードオフとかトレジャーファクトリーとか。あと、店員に専門知識があるとそこに特化した店になることもある。同じハードオフでもギターに強い店、とかアンプに強い店、とか自転車に強い店、とか。
(via pdl2h)
(fumi-tanoから)
年寄り夫婦と30代くらいの息子でやっている店で、とにかく安くて多くて美味い。メインで鍋を振るのは息子で、親父は助手、お袋さんが注文取りとお運び……という分担だったのだけれど、この息子がまあ性悪。
何かといえば親父とお袋に怒鳴り散らし(コショウの缶を置く位置が悪い!で数分は罵倒が続く)、もちろん客に丸聞こえなのだけれど、そうして出てくるチャーハンが何ともほろっとやさしい味なのでした。
一緒に通っていた料理研究家の友人いわく、「な? 心をこめれば料理は美味くなるなんて、ありゃウソなんだよ」。"
— WriterMan’s InBox - 厨房に更生中のヤンキーみたいな人がたくさんいる中華料理屋はうまい気がする。暴力と中華は相性がいいのだろ… (via ajinotatakinamennna)
(petapetaから)
— Twitter / @tsukampo (via katoyuu)
(fumi-tanoから)
金を払わない人間が得られる恩恵などそんなもの
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例えば・・・うちの会社で運営している携帯電話のゲームコンテンツ。全体の約9割がいわゆる無料で楽しんでいるユーザーで、1割が課金アイテムなどを購入している。で、さらに全体の1~2%の人間が一ヶ月に1万円以上のアイテム購入をする重課金ユーザーと呼ばれる人。
これで運営を賄っている。これは他の携帯モバイルゲームもほぼ似たようなもので、たくさんの無料会員を少数の人間の課金で支えている構図です。
で、なぜかそのお金を払っていない9割の中から不満が出るんです。もっと無料でいいアイテムを出せ、とか、アイテムはぼったくり、金儲け主義、金さえ出せば強くなれるバランスは間違っている、これでいいのか、と・・・
忘れがちな人もいますが、無料で遊べるのってデパートの食品売り場での試食と同じなんですが。あくまで「味見」であるんです。こんなゲームですよ、ぜひ一度遊んでみてください、という。しかし、その試食の量が少ない、とか、この試食品をパックに詰めてタダでよこせ、とか、毎日試食しに来てやっているお客の事を考えろ!とか・・・
そもそも9割の無料ユーザーを支えるために1割の課金ユーザーが運営を支えているとしたら、その1割の人間が圧倒的にゲーム内で恩恵を受ける権利があるのは当然じゃないか?なにしろ、そうじゃなければお金を払う意味がないのだから。それがデジタルデータとなると「原価がかからない」というトンチンカンな考え方でタダで大もうけしているイメージが出来上がる。
世の中、金を払わない人間が得られる恩恵などそんなものです。
"— 金を払わない人間が得られる恩恵などそんなもの - FANTA-G - 楽天ブログ(Blog) (via edieelee)
(edieeleeから)
実質的に「助けて」もらえることがありそうです。
どうにも困っていた部分、
自分でも意識せずに、その欠乏に耐えていた部分を
補填してもらえるようなことがあるかもしれません。
この動きは比較的具体的で、物理的かもしれません。
あるいは逆に
誰かが貴方に甘えたり頼ったりしてきて
それに対して、貴方が力を尽くすことになるのかもしれません。
遠慮したり、負債だと感じたり、
相手に対してどんな態度をとったらよいか解らずに
獣医に噛みつく子犬みたいな態度をとってしまうことも
人間は、よくあります。
自分だけで歩いて行くことができれば
そんな思いをしなくて済むわけですが
人生では、力を借りなければならない場面もあります。
力を貸す方は気持ちがゆたかになって
力を借りる方は気持ちがちいさくなっていく、なんて
たぶん、お互い、不本意なのだと思います。
「お返し」なんて本当は要らなくて
ただ、そのことを忘れないでいればいいのかもしれません。
あるひとによれば、
「おかえし」をしたとたんに
相手にしてあげたことは、消えてしまうのだそうです。
そこで「精算」されてしまうからです。
お互いの関係を「精算」したくないがために
お礼を言わない、という人も、ときには、いるようです。
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乙女座 2012/2/27-3/4
公園でのバドミントンや、温泉での卓球などは
「勝利する」ことは、大した目標ではありません。
もちろん、勝った方がいい気持ちだろうとは思いますが
ことさらにスコアをつけたり、
トーナメント形式にしたりすることは
あまりないのではないかと思います。
なんとなくラケットを持って、
ラリーを繰り返すことが楽しい、わけです。
へたくそでも、なんどもボールやハネを拾いながら
大笑いしながらやるのが楽しいんだろうと思います。
その「楽しさ」こそが目標であり、
楽しさを共有した時間が、お互いの関係をあたたかいものにしたなら
それこそがもっとも大きな果実となるわけです。
この時期、誰かとの間に
そんなコミュニケーションが発生するかもしれません。
相手に上手に回答を返したり、議論に勝ったり、
知識の量でぎゃふんと言わせたりすることは
「目標」ではないわけです。
もっとスケールの大きな、次元の高い目標を達成するために
ラリー自体は、ちょっとデコボコしたり
おかしなものになったりするのかもしれません。
本当に大切なことと、些末な枝葉とを区別して、
積極的にラリーを重ねていけるときだと思います。
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占い | MYLOHAS (マイロハス) - ロハス、マクロビオティック、ホリスティック
2月8日 満月